私は信州飯田の出身で、高校卒業後上京し、
食品関係の会社に就職し、10年程その会社に在職致しました。
一生懸命仕事はしていても、はたしてこの仕事が一生の仕事として続けて行けるのか、
ゆううつで不安定な心の時代でした。
当時はバブル時であり、どの業種でも就職可能な時であり、
独立することをまわりの人はふしぎに感じていたかもしれません。
田舎から出て来て10年は過ぎているとはいえ、独立することは勇気のいることでした。
一生の仕事といえ苦労はしても少しでも社会の役立つことであればとの思いに
かけてみたことは事実です。
退職後、針灸、柔整、整体の学校へ通うと同時に、当時ではめずらしいカイロプラクテックの技術を修得すべく、専門の病院へ勤めました。それ以来今日まで山あり谷ありの40年が過ぎました。
ここまでの長い道のりを無事来られたのも、家族、スタッフ、そして患者さんにささえられたものと感謝しております。人のくらしには貧富の差はありますが病気に良し悪しはありません。どの様な病気であれ病にかかる時はすべて立場は同じです。痛くて、つらくて来院された患者さんは〝一日も早く治す〟が当院のモットーです。私に出来る規則範囲の病であれば出来る限り施術致します。
この気持ちがあるからこそ今日まで続けられたものと考えております。今後とも身体の続く限り頑張ります。